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全体の活動報告

特別講演会 「ミャンマー民主化の星 ― アウン・サン・スー・チーと京都」を開催しました。

全体の活動報告
2012/07/20

特別講演会

アウン・サン・スー・チーを語る

「ミャンマー民主化の星 ― アウン・サン・スー・チーと京都」

 

  講 師: 神戸大学名誉教授・元龍谷大学教授  大津 定美氏

       元龍谷大学非常勤講師  大津 典子氏

 

 日 時 :     2012 年7月4日(水)13 時15 分~14 時45 分

 場 所 :     龍谷大学深草学舎21号館604教室

 主 催 :     アフラシア多文化社会研究センター

 挨 拶 :     龍谷大学学長   赤松 徹眞

 司 会 :     龍谷大学副学長   田中 則夫

 

神戸大学名誉教授・元龍谷大学教授の大津定美氏と元龍谷大学非常勤講師の大津典子氏のご夫妻を講師にお迎えし、アウン・サン・スー・チー氏との20年来におよぶ家族ぐるみの交流やミャンマーの経済事情についての講演会を行いました。会場には300名を越える学生・一般の方々が参加しました。

 

大津典子氏のお話

1975年、大津典子氏は留学中のロンドン大学の研究室で、スー・チー氏の夫であるマイクル・アリス氏(当時、St. Jones大学特別研究員)と出会い、その翌年、オックスフォードで、スー・チー氏を含めた家族ぐるみの交流がはじまった。典子氏は、当時29歳の彼女について、「ビルマの民族衣装を身にまとった彼女は非常に美しく、純粋で、ビルマを背負っているという意識が感じられた」と述懐した。

 

1985年、スー・チー氏が京都大学東南アジア研究センターの研究員として滞在中に、琵琶湖が見える大津市和邇にある大津夫妻の自宅に招待したり、家族でよく遊びに来たりしたエピソードを披露した。スー・チー氏が日本から帰国後、ビルマの民主化運動は、彼女の生活を一変させた。8888改革を機に、ミャンマーにいたスー・チー氏は自宅に軟禁され、海外への渡航はできなくなった。

 

1999年、イギリスで病に伏していた夫のマイクル氏が、残念ながら亡くなり、典子氏はスー・チー氏のかわりにマイクル氏の葬儀を最後まで見届けた。葬儀後、大津夫妻は「マイキー、私たちの愛を奪うものは何もないのよ。スー」というスー・チー氏のメッセージをみつけ、号泣したそうである。

 

2012年1月に大津夫妻は、ウナギの蒲焼、餅とそうめんを持参し、スー・チー氏の自宅で再会を果たした。大津夫妻は、スー・チー氏が軟禁中で知り得なかった、1988年から1999年までのオックスフォードでの子供たちのことや、夫マイクル氏の死に至る経緯などを英文にまとめて、手渡し、互いに再会を喜んだ。

 

大津定美氏のお話

ミャンマーでは、1960年代以降の社会主義体制が1988年に崩壊し、軍事政権が続いた。2年前にテインセイン大統領による民主化の動きが始まり、2012年4月の選挙でスー・チー氏が下院議員補欠選挙に当選、政治犯の釈放など、昨今、民主化にむけた動きが加速化していることを大津定美氏は報告した。定美氏が、「日本にいるミャンマー人の中には、今日の民主化の動きに懐疑的で、慎重派の方が多い」ことを今年の1月に再会した時にスー・チー氏に伝えると、「外にいる人は悲観的に見過ぎ。民主化を続け、経済を立て直すよう前向きにやるしかない」とスー・チー氏は答えたという。

 

ミャンマーは、アジア最貧国という位置にあり、一人当たりのGDPの低さや、農業の機械化の遅れなど、発展途上の段階にある。石油ガス部門では、欧米資本への市場の開放が進んでいる一方、その利益が国民に直接的に反映されていない現状において、国民の生活改善・経済的自立につながるような経済政策を立てることが必要だと主張した。

 

スー・チー氏は、先月24年ぶりに海外を訪問。欧州歴訪では、1991年のノーベル平和賞受賞時に軟禁下のため果たせなかった講演を行った。亡夫マイクル氏の祖国イギリスで、スー・チー氏が上下両院議員の前で行った演説は「国家元首以外で初、外国女性で初、アジアから初」の歴史に残る出来事となった。

 

最後に、定美氏は「今僕が思うのは、マイクルがかわいそうで仕方がないということです。今、彼が生きていれば誰よりもスーの解放を喜んだでしょう」と、講演を締めくくった。

 

P7040058.JPG

(左から)大津典子氏と大津定美氏

 

大津夫妻の講演会の様子.jpg

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