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全体の活動報告

第1回アフラシア国際シンポジウム(Phase3 )"Beyond 'West' and 'Rest'?―A Critical Inquiry into the Dichotomized Ontololgy of International Relations―"を開催しました。

全体の活動報告
2016/04/06

開催日:2016/2/27

開催場所: 龍谷大学 深草キャンパス 和顔館 3階

共催

・龍谷大学アフラシア多文化社会研究センター

・龍谷大学 国際社会文化研究所

・日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(A)課題番号15H01855(代表者:清水耕介)

 

第一回アフラシア国際シンポジウム

The First Afrasian International Symposium

BEYOND 'WEST' AND 'REST'?

A Critical Inquiry Into the Dichotomized Ontology of

International Relations

 

登壇者:L.H.M Ling (The New School), Pinar Bilgin (Bilkent University), Takashi Inoguchi (University of Niigata Prefecture), Yong-Soo Eun(Hanyang University)、Ching-Chang Chen (Ryukoku University) Young Chul Cho (Chonbuk National University), Kellvin Chung (Hong Kong Institute of Education), Emilian Kavalski (Australian Catholic University), 清水耕介(Ryukoku University)

 

司会:瀧口順也(Ryukoku University)、林則仁(Ryukoku University)

 

2016年2月27日(土)、龍谷大学深草キャンパス和顔館において、アフラシア国際シンポジウム"Beyond 'West' and 'Rest'?―A Critical Inquiry into the Dichotomized Ontololgy of International Relations―" が開催された。これまでアフラシア多文化社会研究センターは、多様なアクターが相互作用して作動するグローバル社会の力学に適合する「ガヴァナンス」についての視点をいかに再構築することができるかという課題に取り組み、主に国際関係理論、歴史学、社会学、思想・哲学など、様々な視点からの研究活動を積み重ねてきた。今回のシンポジウムは、こうした課題と研究活動の延長線上において、既存の国際関係理論において前提とされてきた国家中心主義的な歴史観(いわゆるウェストファリア史観)や西洋中心主義的な社会的関係性の理解を根本的に問い直すことを課題として、本研究センターが日本学術振興会科研(A基盤)と龍谷大学国際社会文化研究所との共済のもとで、国際関係理論において以上の問題を批判的に再検討している各論者を国内外から招聘して開催したものである。

 

はじめに午前の部には、ニュー・スクール大学(アメリカ、ニューヨーク)よりL.H.M Ling氏およびビルケント大学(トルコ、アンカラ)よりPinar Bilgin氏の2名によって、既存の国際関係理論における認識論的な前提が含む問題点およびそれを乗り越えるための視点について、それぞれ基調講演および質疑応答が行われた。また、午後の部では、猪口孝氏(新潟県立大学)、Yong-Soo Eun氏(漢陽大学、韓国)、Ching-Chang Chen氏(龍谷大学)、Young Chul Cho氏(全北大学、韓国)、Kelvin Cheung氏(香港教育学院)、Emilian Kavalski氏(オーストラリア・カソリック大学)など合計6名の論者による発表およびディスカッションが行われた。

 

今回のシンポジウムには、以上のように複数の国際関係理論の研究者たちが龍谷大学に集い、相互に多様な問題意識と視点を持ちよることによって、既存の国際関係理論に含まれる根本的な問題の中心であるウェストファリア史観や西洋中心主義を乗り越えるという方向性を共有した。

 

シンポジウムで出された論点は、大きく分けて、①ポストコロニアルな時代の文脈において「西洋」と「その他」の間で生み出されてきた支配-被支配の関係性や相互作用への視点、②「東洋」と呼ばれる地域において蓄積されてきた私たちの社会的関係性についての宗教的、哲学的な視点の再評価、③「西洋」の政治思想の伝統が今日のグローバル社会に対して持つ射程の再検討、などに切り分けることができる。これら3つの主要な論点は、国際社会におけるアクター同士の関係性が短期的にだけでなく、長期的にみて、どのように変容してきたか、また変容していく可能性があるかと問うことを通じて、既存の知の枠組を再検討することが私たちに求められているという点において、相互に結びついている。シンポジウムでは、これらの多様な視点が接触するなかで、相互に活発な意見交換および批判が行われた。

 

以下、簡単ではあるが、基調講演の内容を中心に本シンポジウムにおけるそれぞれの論者の発表内容を振り返っておく。 

 

〈Ling Kōanizing IR: Flipping the Logic of Epistemic Violence

 

Ling氏は、従来型の国際関係理論に内在する物理的かつ認識論的な暴力を問題として取り上げた。氏によれば、ウェストファリア史観を前提とした国際システムへの視点は、他者への恐怖と他者の拒絶を背景としながら自己と他者を対立的に位置づけており、それによって国家中心主義を強化してしまっている。 

国際シンポジウム Ling先生.jpgのサムネール画像

 

氏にとって、国際関係理論は、西洋中心主義を背景とする理論的な植民地化とでも言うべき状況に対する「認識論的抵抗」であるべきものだが、既存の国際関係理論は、「認識論的な明晰性(Epistemic Awakening)」を追求する傾向がある。Ling氏は、そうした国際関係理論における認識論的な前提に対して、「超男性的な西洋中心主義的な白人性(Hypermasculine Eurocentric Whiteness)」に規定されているという痛烈な批判を投げかけ、それに変わる問題構成の場を形成する必要性を強調した。

その際に核となる問題は、どのようにして多元性と差異の内部に相互作用的ないしは相互に触発しあう関係として自己と他者の関係を再考することができるかということである。この論点は、本シンポジウム全体を通じて共有された。

 

氏は、そのような新しい関係性への視点を見出すための重要な立脚点の一つを、禅仏教における「公案」という非西洋的な歴史的な源泉に求めることができると言う。なぜなら、「公案」という禅仏教の実践は、国際関係理論の認識論的前提をラディカルに問い直すための哲学的な準拠点を私たちに開示してくれるからである。「公案」は、この世界が対立的要素を原理的に内包しつつ、同時に、その対立において結合しているという原理の両義的な並存状態を私たちに開示しうる視点を核としている。この両義性をLing氏は、「陰と陽(Yin/Yang)」という概念のもとで把握している。「公案」とは、そうした世界の両義性の内部に自己が織り込まれているという状況に私たち自身を開くための実践的な視点を与えるものであるということである。

 

Ling氏は、「心精神魂を開く」実践の過程で従来の考え方への拘泥が緩められるということを強調する。また、ここで重要なことは、世界へと開かれることが、単に意識が明晰になるということ以上に、自己中心の視点が緩められ、他者との関係内部での「慈悲(selfless compassion)」が形成されることを意味するということである。氏は、このようにして公案の伝統的な実践から理論的な前提を問い直すための哲学的な根拠を引き出すことで、国際関係理論を「知的、感情的、精神的」に目覚めさせることができるという大胆な提言を行った。また、Ling氏の基調講演の内容は、既存のウェストファリア史観を超え、また、二元論的な認識を規定する歴史的背景への反省的視点を深めるために、非西洋的な伝統的実践を今日の問題領域に大胆に接合しようとすることの意義を先駆的に示していると言えるだろう。

 

〈Pinar BilginThinking Critically about Security: Beyond 'West' and 'Rest' 

 

Pinar Bilgin氏は、本シンポジウムの基調講演において、エドワード・サイードが文化間の差異を超えるために提唱した概念であり、また文学批評的な概念である「コントラプンタル(あるいはコントラプンタリティ、または対位法)」を国際関係理論に取り入れることの重要性について問題提起した。もともと「コントラプンタル」とは、相互に独立性の高い複数の音を組み合わせつつ、調和的な旋律を構成する音楽の作曲手法を示す概念である。

 

国際シンポジウム Pinar先生.jpg

 

国際関係理論に限らず様々な社会科学的な理論においては、その理論を〈誰が〉理論化するのかということは重要な問題の一つである。この核心的な問題の文脈の延長線上において、Bilgin氏は、国際社会に対する一元論的な視点ではなく、その社会に内在する多層性をいかに見出すかという問題を提起するなかで「コントラプンタル」という概念が有効であると議論した。

 

国際社会に存在する多様なアクターとそれらの間の関係性を理解する際に求められるのは、それらの間の差異を比較することだけではなく、相互に独立的であり、なおかつ、調和した関係性への視点の両立である。ここで「コントラプンタル」は、多様で独立したアクターが、それでもなお相互の結びつきを失うことがないことを示すための発見的な視点の足場を私たちに与えてくれる。また、その概念的な視点は、異なる他者との結びつきを志向しつつも、サイードがまさにそうであったように、同時に「亡命者」の視点を自らの内に取り込むことをも意味している。

 

こうした視点は、現代のグローバル社会における宗教的・文化的な対立が激化するなかでも、一層重要性を増している。「コントラプンタル」という視点は、他者から独立しているという意識すらも、相互の絡まり合いなくしては不可能であることを強く意識化する立脚点を与えることを可能とし、また、今後の国際関係における多様なアクターの関係性を視野に収めて思考するための重要な立脚点を提示してくれるのではないか。

 

上記2名による基調講演に加え、今回の国際シンポジウムでは各国より招いたパネリスト6名の発表が行われた。それらの発表内容の概要を簡単に触れておきたい。

 

Yong-Soo Eun氏(発表タイトル:What is Lost in the Ongoing Debate over “non-Western” IR Theory Building?)は、国際関係を非西洋的な視点から再構成することの本質的な意味を問い直す必要性を強調した。

 

Ching-Chang Chen氏(同:E.H. Carr and the Quest for Post-Westphalian International Relations)は、国家を国際社会における中心的アクターとして位置づける現実主義的な観点の元祖として扱われるE.H.Carrの理論を、国際関係理論における国際社会学派(英国学派)の議論の延長線上において、再解釈しうることを示した。というのも、Carrは、不安定な国際的状況のなかで秩序化とは何かを原理的に考えた理論家なのであり、脱国家的なグローバル社会における秩序化原理を鋭敏に見極める視点を私たちに提示しうるポテンシャルを持っていると考えられるからである。

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Young Chul Cho氏(同:Beyond Dichotomized Ontology of/in IR: Patchwork Civilization as a Relational Learning Process)は、既存の国際関係理論における秩序化の過程を考察する際の視点として文明の収斂/衝突モデルが支配的であることを問題視した。Cho氏は、これに対して、Tai-Youn Hwangが提唱した「Patchwork」という概念を国際関係論へと導入することで、文明化の過程が自己と他者が相互作用することによって文字通り「継ぎはぎの」関係性を生み出していくものであることに着目した。

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猪口孝氏(同:Toward Modelling a Global Social Contract: Jean-Jacques Rousseau and John Locke)は、グローバルなガヴァナンスを構想するために、ジャン=ジャック・ルソーとジョン・ロックの「社会契約論」を思想的な参照軸として取り上げ、それぞれの理論が持つグローバルな秩序化の実践との親和性を測定することができると問題提起した。一方で、ルソーは「直接民主制」に基づく社会契約を構想し、他方でロックは、「代表制民主主義」に基づく社会契約を構想した思想家である。両者の共通項とは、当時、ヨーロッパの地理的・想像的な秩序の周縁において新たな思想を紡ぎ出したということである。したがって、近世において、周縁部で紡ぎ出された政治体をめぐる構想が、西欧近代の政治秩序に決定的な影響を与えたということが言える。少なくとも言えることは、社会的な調和と多元性(とそれを可能にする法的な枠組)を今日において考えるために、、周縁部からの思想運動に注目しながら、新たな時代の社会形態を構想していくであるということが歴史的に重要な契機となるであろうということである。

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Kelvin Cheung氏(同:Conception of Threat in Chinese Strategic Culture: The Medical Analogy)は、近年の国政政治における中国のプレゼンスの増大が与える理論への影響について発表した。氏は、統治原理を理解する際に医学的なメタファーが有効であるという視点に立つことで、西洋的な医学的メタファーにおいて理解される秩序と統治の観念に対して、東洋文明の伝統から導き出される医学的メタファーが対抗することによって、国際関係理論の多元化にいかなる影響を与えることになるかについて問題化しうることを指摘した。

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Emilian Kavalski氏(同:From International Relations to International Relationality… or What Is Guanxi Good For?)は、国際関係理論における「関係性」についての見方を問題として取り上げた。Kavalski氏によれば、既存の国際関係理論では近代という特殊な時代における「関係性」の観念を前提とされているため、国際秩序の歴史的な相対性をうまく認識することができない。それに代えて、長期的な時間軸のもとで「関係性」を捉えていくための視点が求められる。氏は、中国語で人との結びつきや縁を指すGuanxiという概念に着目する。重要なことは、この概念が、静態的な物事の結びつきではなく、実践的かつ多元的な関係性が長期的に秩序を生み出していくことを示しているということである。

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以上、それぞれの発表者の議論の内容をごく簡単に概観した。この他にも会場を含めたディスカッションにおいて様々な議論が交わされた。全体として、既存の国際関係理論に対して批判的な視点を鍛え上げること、新たな秩序認識をいかに培っていくかという問題に対して「西洋」と「非西洋」の思考の伝統を包括的に組み込んだ視点を深めることの重要性などの課題が共有された。

 

最後に、今回の国際シンポジウムは、各国より集まった研究者たちとそれに関心をもつ様々な聴衆の方々の参加によって、今後の新たな国際関係理論の営みに対する着実な地歩を固める一助となったと自負している。また、今回の国際シンポジウムを通じて、来たるべきグローバルな市民社会のあり方を構想するという課題へ向けて、多様な知的実践のためのプラットフォームが強く求められるということが明らかになったと思われる。アフラシア多文化社会研究センターは、そうした場の形成に学問的に貢献するために、今後も多様な論者との接触を国内外問わず積極的に図っていくことを計画している。今回の国際シンポジウムは、この可能性の現実化に向けた足取りを確かなものにしてくれるものであった。

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